このたび、「大エジプト博物館合同保存修復プロジェクト(The Grand Egyptian Museum Joint Conservation Project, 通称GEM-JC)」の対象遺物である72点中、最後の遺物「イニ・スネフェル・イシェテフ壁画」の移送が無事完了しました。GEM-JCは、一般財団法人 日本国際協力センター(JICE)および東京藝術大学による共同企業体を実施主体とする、独立行政法人 国際協力機構(JICA)の国際協力プロジェクトです。ツタンカーメン王の墓から出土した遺物を含むエジプトの至宝の調査、移送、保存修復を日本の専門家と日本政府が開館を支援する大エジプト博物館(GEM)とが共同で行い、GEM職員の人材育成、および技術移転を図るものです。

GEMには約10万点におよぶ文化財遺物が収蔵され、うち約5万点が常時展示される計画で、その中にはツタンカーメン王の至宝が含まれています。GEMは遺物の保存修復の役割を担う保存修復センター(The Grand Egyptian Museum Conservation Center, GEM-CC)と併設しています。GEMとの協議の結果、膨大な数の遺物の中からGEMの開館にとって重要かつ技術移転に適した3分野(①木製品、②染織品、③壁画および石材)から計72点を選定しました。

このたびの最後の移送は、③壁画のイニ・スネフェル・イシェテフの壁画10点です。イニ・スネフェル・イシェテフのマスタバ墓の壁画は、古王国時代(紀元前2700~2200年頃)に作られたと考えられており、今回のプロジェクトで扱う遺物の中でもひと際古い資料です。19世紀末に発掘され、その際に切り取られたと考えられています。

マスタバ墓というのは、上部構造を持つ古王国時代の高官の墓であり、レリーフや壁画で飾られることがありますが、墓があるメンフィス地域では、石灰岩レリーフが多く、漆喰下地の壁画が現存する例は極めて珍しいことです。現存する例でも壁画は断片的なものが多く、これだけの画面構成、面積を残すものは他にはほとんどありません。

この壁画は、エジプト考古学博物館の観光客が立ち入ることができないエリアに、クラッシクな展示ケースに収蔵されたまま、ひっそりと保管されていました。壁画に描かれた内容は、日常生活、葬送儀礼、古代エジプトの来世感などを示す一級品の歴史資料です。また、マスタバの墓主であるイニ・スネフェル・イシェテフは、おそらく古王国時代第5~6王朝頃(紀元前2500~2200年頃)の人物で、第4王朝のスネフェル王の「ピラミッド都市」で、スネフェル王の死後の祭祀に関わった人物だと考えられます。

新王国時代の壁画については、先行研究の蓄積がありますが、古王国時代の彩色技術や材料については、これまで殆ど研究がなく、技術の発展過程を知る上で極めて重要な研究資料です。

大エジプト博物館合同保存修復プロジェクトでは、これから1年ほどの期間をかけて、エジプトと日本の専門家が共同で、大エジプト博物館保存修復センターで診断分析、修復計画策定を行い、壁画表面に残る汚れの除去のほか、亀裂や脆弱な箇所の強化処置といった展示のための修復処置を行っていく計画です。