2015年8月4日~13日に大エジプト博物館修復センター(以下ではGEM-CC)にて彩色をもつ文化財の保存修復研修(第4回)を実施しました。この研修は、谷口陽子(筑波大学人文社会系)、増田久美(増田絵画修復工房)、西坂朗子(早稲田大学エジプト学研究所)を講師とし、GEM-CCに所属する保存修復スタッフと科学者の11名を対象にして行いました。

大エジプト博物館に収蔵される文化財には、多種多様な彩色をもつ文化財が含まれています。そのため、壁画やポートレートだけではなく、パピルス、染織品、木質文化財、石造文化財等支持体が何であるかにかかわらず、エジプトの文化遺産全般にかかわる彩色層を持つものについて、横断的な研修を行う必要があります。

基本的な彩色層の特性に関する理解と保存修復のための基本理念、手法について広く学び、各修復ラボと保存科学との横断的協力体制の構築することを全体的な目標として、4カ年にわたる彩色研修を開催することになりました。

第1回(2012年度)の研修ではエジプトで使用されてきた各種の彩色技法、材料について広く学び、実際の保存修復に入る前段階としてそれぞれの特性、物性を学ぶため、各種のレプリカを作成しました。第2回(2013年度)では研修までの期間に、各レプリカパネルを強制的に劣化し、定期的に記録し、保存修復のための材料として準備してもらいました。劣化について分析的に同定し検証する手法を学び、基本的な用語やGEMCCで利用するための状態調査用フォーマット、観察・分析用のフォーマットの作成について研修しました。そして第3回(2014年度)では、エジプトの典型的な泥壁画を再現したレプリカを劣化させたもの2点と彩色塗膜が剥落したり変色したりしている日本の資料6点を対象にして、さまざまな修復材料の作成法から、プレコンソリデーション、クリーニング、グラウティング、コンソリデーションなど一連の修復の介入作業を研修しました。第4回のレプリカへの修復実習へ向け、自ら修復計画を立案できるようにしました。

また最終回となる今回の研修では、実際の保存修復のインターヴェンションにあたる、クリーニング、強化処理、充填などを中心にした講義、実習を行い、保存修復の基礎的な考え方、倫理、アプリケーションを学ぶという研修を行いました。

今回の研修の特徴となるのは従来にルーチン的に行われていた過度なクリーニングや、不必要な合成樹脂を用いた強化処理等と異なり、それぞれの資料の状態に合わせて「最小限の介入」原則を理論と実践で学ぶ機会とするに着眼したことです。

剥離した破片の再接着
有機溶剤を用いたジェルクリーニング
各班の作業経過の発表とディスカッション
(上から下に)彩色レプリカ劣化前 (2013年2月)、劣化後 (2014年2月)、修復処置後 (2015年8月) (左から右に、蜜蝋、リンシードオイル、トラガカントガム 、膠を膠着材として使用したもの)